力を持つ者は驕り高ぶる。だがその中にも、賢者は存在する。
「あなたの噂はよく聞きますよ、暮崎秋華さん」
紅茶をすすりながら、篠が言う。
「・・・・・・」
秋華は何も言わない。
ここは生徒会室。教室までとはいかないが、結構広い。入ってすぐの所にソファーセットとテーブルがあり、奥には大きな一つの机(古めかしい木製)さらに奥に会長用だろう小さな机がある。右側を覆うカーテンの奥には、給湯室のような設備があるらしい。テーブルの上にある紅茶とクッキーはそこから出された。
生徒会のくせに豪華だな~と秋華は思った。
そんなことより、ここは魔法科の中にある。つまり秋華にとって、単身で敵地に乗り込んだようなものだった。
(くそう・・・何で生徒会室は魔法科にしかないんだよ・・・)
それには開校以来、生徒会役員になったのは魔法科の生徒だけだった、という歴史と伝統をふまえての理由だったのだが、そんなことはもちろん、今の秋華には関係ない。
状況は最悪だった。秋華を襲った三人は心はそんなに強くなかったらしく、全員非道いショックをうけ、医務室に運ばれた・・・。それにはざまあみろ、と思う秋華だったが、それは同時に生徒会にとっての自分の印象を最悪にしただろう。
(マジやばい・・・)
秋華はそっと篠の様子をうかがった。・・・まだこっちを見たまま微笑んでいる。不意に、「あ」と声を漏らした。
「それ、魔法科の生徒がやったのでしょう?」
制服の焼け焦げをさして篠が言う。
「すみません気付かなくて、私としたことが・・・。まず制服を元通りにしないといけませんね」
秋華は驚いて篠を見る。
「少し拝借してもよろしいでしょうか?」
「・・・あんたに、そんな義理も義務もないだろ」
警戒したまま秋華は言った。
「大ありです。その焼け焦げをつくったのは魔法科の生徒ですし、私は東高の生徒会長である以前に魔法科の代表です。よって、あの三人の魔法科の生徒の責任をとるのは私の役目です」
「・・・・・・」
秋華はじっと篠の目を見据えたまま、動かない。
「三人に変わって謝ります。不快な思いをさせて申し訳ありませんでした」
篠は頭を下げた。秋華は動かない。
「・・・・・・」
「・・・ねえ暮崎秋華さん、普通科の制服を奪って、私達にどんなメリットがありますか?」
「・・・・・・」
ふっと、秋華の身体の力が抜けた。
「別に、そこまで思ってない」
いいながら手早く上着を脱ぐ。篠も微笑んでそれを受け取った。
「ありがとうございます。すぐに元通りにします。・・・絵馬君、祈願を書く板という意の名前の絵馬く~ん!」
「ここにいます・・・てか後半不要じゃないですかっ!」
平均的な身長の男子生徒が出てきた。篠の言葉のお陰で秋華にも彼の名前は【絵馬】という字なのだとわかった。
「これ、元通りにしてくださいね」
「俺なんですか・・・」
「仕方ないでしょう。これも苦情みたいなものですよ・・・つまり、あなたの仕事です」
「・・・俺には、会長が強制してるようにしか見えませんでしたけどね」
「とにかく、よろしくお願いします」
秋華の上着を持って、絵馬が去っていった。
「安心して下さい、彼は腕は確かですから」
じゃあ何が確かじゃないんだろう・・・その疑問はとりあえず、飲み込んでおいた。
「ところで・・・俺、いや私をここに呼んだのは、ただ謝るためだけじゃないですよね?」
「堅苦しくしなくても結構です。あなたの一人称が『俺様』だということは、だいぶ知られていることですから」
「そうですか・・・」
「あなたは自分が認めた相手以外にはぞんざいな振る舞いをすると聞きました。・・・つまり私は、あなたに認められたのでしょうか?」
「少なくとも、魔法科の印象が少しはよくなったし、何故あなたが生徒会長なのかもよくわかった気がする」
「それは光栄です」
嬉しそうに篠が笑った。
「あの・・・あなたが知ってるかどうかは知ったこっちゃないんですが、俺様、回りくどいのは大嫌いなんですよ」
「ええ、存じています」
「だからさっさと俺様をここに連れてきた理由を言え。でないと・・・」
「でないと?」
「帰る!」
そう言って、秋華は立ち上がった。
「まあまあ、そんなにすぐに怒らないで下さい」
「・・・・・・」
「まだ上着も返してませんよ?」
「・・・さっきのは、それが目的だったのか?」
「いいえ。そんなに焦らなくても、言いたいことはちゃんと言いますよ。卑怯なまねはしません。とにかく落ち着いて・・・紅茶とクッキー、いかがですか?」
「・・・・・・」
数秒のにらみ合いの末、
「頂きます」
と言って、秋華は座るとクッキーを乱暴に一つ、掴んで食べた。ついで、紅茶をゴクゴクと飲む。
篠は満足そうに微笑んだ。
「ここからが本題です。暮崎秋華さん、あなたは何の魔法能力も持たない、普通の人間でありながら、魔法が全く通じない存在であるというのは本当ですか?」
「そうみたいですね、俺も今日はっきりわかりました」
「今までは・・・」
「何となくとしかわかってなかった・・・。前に、魔法使い同士の争いに巻き込まれたことがあって、その時間違えてこっちに飛んできた術が、俺に当たるとはじけて消えたんです。そん時に、ひょっとして通じないのかな、って」
「そうですか・・・」
そう言って篠は、しばらく考え込む。
「本題はそれだけですか?」
秋華は言って、立ち上がろうとした。
「はい、質問はそれだけです。でも暮崎秋華さん、私の話、聞いてもらえませんか?」
「出来れば、秋華って読んでくれませんか?ならいいです」
「ありがとう。では秋華さん、あなたはこの学校について疑問を持ったことはないですか?」
「・・・えっと、それは・・・」
「この学校の、ひいてはこの世界の仕組みについてです。ー魔法を使える者が普通の人間を軽蔑し、それ故に人間は魔法使いを嫌うーこの事について、どう思いますか?」
「おかしーでしょ、そんなの」
秋華はさらりと言った。
「あなた達魔法使いの前で言うのは気が引けるが、魔法使いのどこが偉いんだって思いますね。あんなの特技の部類でしょ」
「・・・特技?」
「そうですよ。見てくれや頭脳、体力だって魔法を除けば同じだし・・・ちょっと得してるだけじゃないですか」
はっきりと秋華は言った。迷いのない真っ直ぐな瞳で篠を見ている。少したった後、篠はふわりと笑った。
「・・・そうですか」
秋華の言葉をかみしめるように目を閉じる。
「そうですね・・・ところで、すみません。もうこんな時間になってしまいました。絵馬君、制服は?」
「ずいぶん前に仕上がってます」
「持ってきて下さいね」
そう言って篠は立ち上がると、自分の机まで行き、引き出しを開けた。と、すぐに戻ってきて、絵馬から秋華の上着を受け取る。
「本当に、長々とお引き留めしてしまって申し訳ありません。制服お返しします。・・・ついでに染み抜きもされているはずです」
「あ・・・ありがとう、ございます」
いきなりの展開に戸惑いつつ、秋華は制服を受け取った。その時「カチリ」という音がしたのを、彼女は知らない。
*
その日の夜。
「なんじゃこりゃー!」
制服をハンガーに掛けようとした秋華は、そこにある物を見つけて叫んだ。