No.18 『言葉事件-SpeakLow-』 OriginalExtraScene.『その声を覚えてる』
※これはメインストーリーとは関係無い、個人的なストーリーです。
餓鬼は消えた。やってらんない戦いだった。
力だけしか無い空想の餓鬼が手こずらせやがって。
だがこれで今回の俺達の役目は終わったのだろう。
言葉が真実になる異変も収束している。俺達以外の仲間も役目を果たしたようだ。
時間はとっくに夜になっていた。
ここは我楽街、デューのゲートで帰ってきた場所。
俺の役目は果たした。だが俺にはやりたい事がある。
いや、やらなければいけない事がある。
異変に気付いた時から考えていた。
不死の呪いで蘇ったとは言え、体も心も疲労が溜まってる。魂も魔力も殆ど無い。
満身創痍だ。それでも、それでも俺は────
────ここなら大丈夫だ。人気は無い。
我楽街の路地裏をずっとセンス・オーラを展開しながら走ってきた。何処にも気配は無い。
だが時間はあまり残されていないだろう。
まるであの時みたいだな……
誰も居ない場所でケータイを取り出し、ビデオカメラを起動して録画を始める。
空想を、理想を召喚する。
「俺はここにアルケーを召喚する!」
「来てくれ!アルケー!」
正面の空間が揺らめき、変色し、やがてそれは収束し……
「んぅ……」
白いマントを羽織る、幼い少女が現れた。
美しい白髮。青空のような瞳。混じり気の無い純粋な笑顔。
確かにアルケーだ。よかった……本当に現れた。
「また会えたな……アルケー」
「うん」
いつものように、にこにこと笑っている。
アルケーが最期に遺した小さな白い帽子を取り出して被せる。
全身の姿をちゃんとカメラに写す。ああ、こいつには本当によく似合う。
しかし夜の路地裏は体が冷える。こいつは寒がるし俺もまずい。
「アルケーと俺の間を中心とした結界を展開する。光と熱と音を遮断。天辺にはここを明るく暖かく灯す白い光。地面は硝子」
空想は実現した。光と熱が硝子に反射し、辺りが暖かく真っ白な空間に包まれた。まるでここだけ別世界に切り取られたようだ。
アルケーは「わふぅ」と声を漏らした。アルケーも落ち着いたようだ。
「アルケー、自己紹介をするんだ」
「わたし、アルケー」
「マスターの理想だよ」
「ああ、理想だ。神の領域に至った理想のホムンクルスだ」
「えへへー」
嬉しそうに、にこにこと笑ってる。
「俺はお前の声と姿を記録する為にお前を召喚した」
ケータイを見せ付けるようにアルケーの身長に合わせて跪き、カメラをアルケーの顔に近付ける。
「なあ……お前はあと何分ここに居られるか分かるか?」
「えーと……2分38秒かな」
「そうか……短いな……」
「わたしは、何でも知ってるよ」
「ずっとあなたの心の中にいたから」
「わたしはあなたの理想」
「あなたの経験も、理想も、心も、知ってる」
「アルケー……」
「だから、あなたが悲しい事も知ってるよ」
アルケーは俺に歩み寄り、にこやかに、俺のケータイを掲げる手を握った。
「わたしは」
「ずっとあなたの心の中にいるよ」
「っ…………」
「ケ……ケータイは……」
「ケータイはそこに浮く。必ずアルケーの顔を撮る……」
俺の手からケータイが離れる。俺の手が空っぽになって、哀しくて、虚しくて、耐えられなくて────
────ずっと我慢していた。この時の俺はもう自分を抑えきれなかった。
自由になった両手でアルケーを抱き寄せて、全身で強く抱きしめた。
俺の口から言葉が勝手に溢れ出した。
俺にはもう、湧き出す想いを止められなかった。
「アルケーっ……!俺はっ……!」
「俺はっ!ずっとお前に生きていて欲しかった!」
「俺はお前達を護りたかった!護ると決めた!」
「だからお前もっ……護りっ……たかっ……!」
「げふっ!アルケーもっ!生きてっ!!うぐっ!げふっ!がふっ!!」
涙と嗚咽が止まらなかった。
最後はもう、全然言葉にならなかった。
「大丈夫だよ」
アルケーは両腕で俺を優しく包んだ。
こてん、と頭をかしげて俺の顔にくっつけ、体重を俺に預けた。
そして、すぅ、と息を吸って、囁いた。
「あなたの理想は叶う」
「生きて、誰かを守れる」
「っ……!」
「誰かを守れない時もあるけど」
「でも、あなたが守れる人もいるから」
「あなたの理想は無駄にはならない」
「あなたがやる事は無駄じゃない」
「シロウは」
「間違いじゃないよ」
「アルケーっ!でもっ!お前はっ!」
俺にくっついてたアルケーを腕に抱えたまま、お互いの顔が見えるように少し降ろし、
アルケーの目をじっと見つめる。
「わたしは、大丈夫」
「ずっと、あなたの中で生きるから」
へらりと、無邪気に笑って応えた。
そして俺の肩に乗っかっていた手を俺の頬に伸ばし、そっと涙を拭い取った。
「守るために戦うって、いい人なんだって」
「シロウは、いい人」
「いい人だから、みんなを守りたいんだよね」
「アル……ケー……っ!」
「みんなを、守って、シロウ」
「お姉ちゃんにも、会えるよ」
「でも、でもっ!!お前はっ!!」
「わたしは ずっと」
「あなたの中で 生きるよ」
アルケーの姿が、色が、声が、重さが、温もりが薄れていく。
アルケーの手が俺の顔からするりと落ちる。
体が以前のように発光している。
空想の終わりが近付いている。
「まっ、待ってくれ!!」
「嫌だ!!アルケー!!」
「アルケー!!アルケー!!!!」
必死に名前を叫んだ。
子供みたいに泣きじゃくった。
「わたしは 寂しくない よ」
「シロウが ずっと覚えて くれてる から」
最後に、また、にこりと────
「ありがとう シロウ」
「わたしは しあわせ だよ」
────無邪気に、笑った。
………………
…………
……
空想は終わった。
アルケーの体は消えて失くなった。元の空想に戻った。
展開した結界も失くなり、現実が戻った。
かしゃん、とケータイがアスファルトの地面に落ちた。
ざあざあと雨が降っていた。
現実は、暗くて、寒くて、静かな、夜の闇に包まれていた。
冷たい夜の風と雨が、空想の名残を掻き消した。
ただ一つ、空想では無い、アルケーの被っていた帽子だけが残った。
「ぅ……ぁあ……」
「分かってた……分かってた……」
「分かってた分かってた分かってた分かってた分かってた!!」
「分かってんだよこんな事は!!!!」
「ちくしょおおおおおおおあああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!!」
────────ここは我楽街の路地裏。さっきまで空想が存った場所。
煌々と輝いていた月は雨雲に隠れて見えなくなっていた。
地面に落ちたケータイは録画状態のまま、カメラを天に向けていた。
雨はカメラと、白い小さな帽子を握りしめて蹲る男を濡らした。
雨が降りしきる中、孤独な黒い龍の哀しい雄叫びが、
いつまでも、いつまでも、響き渡った。
+
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「わたしは ずっと── |
「わたしは ずっと──
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──あなたの中で 生きるよ」 |
──あなたの中で 生きるよ」
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~後日談~ |
~後日談~
ケータイはアルケーの顔を最後までしっかりと撮っていた。
夜刀神がアルケーを腕の中に降ろした後も、ちゃんと顔が映っている。
現実的に考えれば撮影する位置が夜刀神の頭と被ってしまうのだが、ここは空想の中だ。物理的な現象は無視される。
「ケータイはそこに浮く。アルケーの顔を撮る」という空想が最後まで実現したと言う事だ。
あの後、夜刀神の魂の容量が増えた。
アルケーのおかげ──では無い。
あの異変では様々な理想を召喚できた。
能力の引き上げ、力の増強、自身を襲う攻撃の無力化等、戦いに勝つ為の"理想"を"真実"へと変えられた。
魂を回復する事もできたが、夜刀神の魂の容量は理想の召喚によって増えたのでは無い。
理想は所詮は空想だ。異変が終われば理想は空想に戻るし、
そもそも異変の最中であろうと魂は増やせても魂の容量までは増やせない。
アルケーの言葉通りにアルケーが夜刀神の中に生きた、つまり、
アルケーの魂が夜刀神の中に宿った──わけでもない。
アルケーの魂はとっくに根源へと、魔法の中へと連れ去られた。至った者だから。
ならば何故か、それは────
────アルケーのあの言葉が真実であって欲しいと、夜刀神が願ったからだ。
自分の中にアルケーがいて欲しいと、アルケーが生きて欲しいと、願ったのだ。
だが願いは叶わない。
増えた魂はアルケーのものではなく夜刀神自身のものだ。
いくら魂が増えようとも、アルケーは夜刀神の魂には宿らない。
心の中で生きていようとも、魂の中にはいない。
故に、夜刀神の魂の増加は夜刀神自身の成長だ。
あくまでも夜刀神が自分自身の力で魂の容量を増やしたに過ぎない。
それで願いが叶ったんだ、と、自分を誤魔化している。
或いは「アルケーの言葉を忘れない為にアルケーが生きた証を俺に遺したんだ」と、夜刀神ならそう言うのだろう。
それはきっと"未練"と言うのかもしれない。
そもそも今回の理想の召喚だって"未練"から始まってるのかもしれない。
何故なら夜刀神の真の願望は、アルケーの声と姿を記録する事では無く、アルケーにずっと生きて貰う事だから。
それに夜刀神が召喚したアルケーは本来のアルケーでは無く、
アルケーを取り戻したくて心の中で創造した偽物のアルケーなのかもしれない。
だったら、どんな言葉が真実になろうとも、夜刀神の願望は現実にはならない。
夜刀神の願いは永遠に叶わない事を、本人は知っている。
本人が一番よく分かっている。
それでも夜刀神は諦めきれない。
アルケーの生を願わずにはいられない。
夜刀神は今日も何かを背負う。
消えて失くなったアルケーの体を背負いながら生きている。
果たして彼は、やがて後悔に押し潰されるのか、或いは────────
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