君影ひかりSS5


 朝、目が覚めたら泣いていた。
 最初、泣いている自分に驚いて。
 次に、なんで泣いているのかすぐにはわからなかった。
 私が泣いたのは、あのクリスマスの日以来で。
 悲しいわけでもないのに、大粒の涙がボロボロと溢れる。
 銀華ちゃんとたまちゃんがまだ寝ててよかった。
 私はベッドに体育座りしたまま、膝に目頭を押し付けて、しばらく泣き続けた。


夜明けの時代「大魔城学園」
Short story. Episode Hikari.
「18歳と8ヶ月」


『私は死ぬべき人間だ』
 これは、私が定義した君影ひかりという人間の末路。
『私は生き残ったから、ちゃんと生をまっとうしなくてはいけない』
 これは、私がが定義した君影ひかりという人間の在り方。
 私のせいで弟と父親が失われて、もうすぐ10年。
 私はそれを忘れずに過ごすことができた。
 胸から下げた罪の証を抱いて祈れば、いつでも確認できたから。


 物音を立てないように、洗面台で軽いお化粧を終える。
 たぶん、見えない。
 そう心のどこかで思ってから、首から下げたロザリオを手に取る。両腕で握りしめて、目を瞑って、祈りを捧げた。
 父の首を斬った感触。その返り血が頬を濡らした温度。血色の無い弟の顔。赤ではなく黒く汚れた床。
 なにも、
 なにも視えなかった。
「…………」
 どこか呆れて、ロザリオを首から下げ直す。
 昨日ほどの焦りの気持ちは、何故かなかった。


 過去の姿をした私に出会って、殺される。
 ロザリオからイメージが読み取れなくなってから、ここ二、三日はそんな"心地の良い"夢を見ていた。
 私の故郷。
 今ある孤児院じゃない。
 まだ家族と住んでいたあの頃の。
 過去の罪を忘れかけて、きっと私は断罪されるべき時が近いのかもと思って、あの日も私は明晰夢の中を自ら進んで歩いていた。
 そしたら、まさか私の夢の中に私以外の人が居て。
 焦った。早く追い出さないとって、正直思った。
 結局彼らは予想した通り、私の望んだようには動いてくれず、結果バレたくないものがバレて、見られたくないものが見られた。
 思い出したら腹が立ってきて、真蔵くんへ「馬鹿」って一言だけメッセージを送った。


 早起きした理由は単純で、早めに登校して寮議会の仕事を少しでも片付けておきたかった。
 あの人と顔を合わせないといけないような仕事を優先して。
 リランちゃんは、きっとにこにこしながらこちらが折れるまで待つんだろう。
 ルードくんは、きっと時間をたっぷり設けてから現れる。今度は逃してくれないだろうなあ。
 真蔵くんは、とりあえず「馬鹿」と言ってあしらえばいい。なんだあの恥ずかしい人。信じられない。ばーかばーか。
「はぁ…」
 荷物を鞄に詰める。忘れ物は無い。
 二人を起こさないように、そっと部屋を出た。


 昨日、私は"浪漫"を失った。
 失うついでに嘘もバレて。いや、最初からバレてたんだろうけど。
 別に怒られるとは思ってない。ばつが悪いのだ。
 なんとなく顔を合わせたくない。
 ……私は、生きる理由を失った。
 死にたい理由も失った。
 仕方がないので、また一から探し直しだ。
 私をルミナスコインに入れた、アト・ランダムを少し恨めしく思った。



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最終更新:2019年04月07日 12:40