月見日和

他の寮監どもが教師を兼任なんかしてるもんだからよく勘違いされるがな。
俺の仕事だって、案外楽なもんじゃないんだぜ?

おっと。アンタ今、それだって他の寮監に比べたら暇なんでしょ? って思ったか?
冗談じゃないね。なにしろノーブルソードの生徒どもには、どうにも個人主義者が多い傾向が強いからな。
なまじ『決意』なんてもんを重視してるせいでこうと決めたら一直線。
危うく寮がぶっ壊されそうになるようなことだって日常茶飯事とは行かずとも……そう、年に片手で数える位はある。
うちの寮の居住空間の大半が地下に集中してるのも、実はそいつが原因さ。
地上よりは大分頑丈に造る事が出来るし───何より、自分ごと生き埋めにしようとする阿呆はそういない。

マジに洒落で済まないようなら退学処分となるとこなんだが、
残念なことに、怪我人だけは滅多に出さないよう暴れやがるんだうちの連中は。
施設や物なら代用がきく、とかで、処分は大分甘くなる。
実のところ……戦力としてみれば、奴らは尖りに尖った代用できない一品物が多いからな。
事実上、戦場の最前線な魔城領域からすれば、貴重な戦力ってところかね。
ハン! 俺に言わせりゃ、そう甘やかすから問題児も増え続けるんだがな!

と、いう事で。俺の仕事はただ寮の管理をしたりだとか、学園の裏方をこなすだけじゃない。
決意を秘めた連中が、過ぎた馬鹿をやりすぎないようハンドルを握ったり、ブレーキをかけたり。
上手い事操縦するのも給料のうち、って訳だ。

どうだい? アンタがよけりゃ代わってやるぜ? お勧めはしないけどな!



今日はステキな日だ。ハッピーな日だ。
奇跡的なことに、生徒どもがアホな真似をやらかさなかった。
ついでに施設や備品の修理だとか、買い足しとかの雑務も舞い込まない。
俺の心の中では綺麗な花が咲いていて、可愛い小鳥が囀りを聞かせてくれている。

出来ることならビーチチェアに座りながら、パラソルの下でトロピカルドリンクに舌鼓を打ちたい気分だが、
パラソルは折れ角の奴が『二刀流』とか言いながら振り回してぶっ壊した。
チェアの方は、眼鏡のお嬢様が持ってって以来行方知れず。多分、部屋の素敵なインテリアになってるんじゃないか?
ま、無いものねだりをしたって仕方ない。
俺は縁側で横にとっておきの酒とつまみを用意して、瀟洒に月見と洒落こんでるって寸法さ。

───そんな楽しい時を過ごしてる時だ。魔城領域の方角から、小さな影がとっとこ歩いてきたのはな。
さて、こんな時間に一体誰だ? 教師の連中なら、わざわざ寮まで来なくても、電話の一本もすりゃ済む事だ。
生徒の無断外出、ってのもまあ無いだろう。
さっき談話室を覗いたら、ボードゲームで大盛り上がりしてんのを確認済みだからな。
あいつらは馬鹿だし、個人を大切にする連中だけど、
その割に───或いはだからこそ、か?───仲間との時間ってもんも、それなりには大事にしようとする。
俺がそんなことを考えてる間にも、影はとことこ近づいてきて、やがて月の明かりで顔が見える位の距離。
そこでようやく、俺はそいつの正体が分かった。……ああ、そういやこいつがいやがったな。

緑に染めた髪と、新入生並……もしくはそれ以下の身長が特徴的。
だがその割にスタイルは悪くないし、服装もまあ……俺が生身だったら、少しは目のやり場に困ったかもな。
“マナ崩し”のエリアス・プレッツェル。
学園でもせいぜい一桁いるかどうかの、天位階級の持ち主様のお帰りだ。
心地よい一人の時間を名残惜しみつつも、見つけたもんは仕方ない。俺は肩を竦めながら、奴に声をかけてやる。

「よう、確か先週の……Uh、火曜以来か? ってことは、だ。おおよそ十日ぶりのご帰還ってとこかね」

奴はぼけっとした表情のままで、俺の声への反応はない。
この間抜けそのものな顔を見ただけなら、頭空っぽな尻軽女に見えるんだがなあなんて俺が考えていると、
ぱちぱちと瞬きを繰り返して、今初めて気づいたというように。くるり、と俺の方を見て頷いた。

「ん。ちょっと。行き詰った」

接続詞無し、アクセント無し、抑揚無し。あ、こりゃ相当やべーアレだな。

今の顔と声からは分からないが、こいつは普段はよく言えば明るい、端的に言えば騒がしい生徒だ。
全体的にもどちらかというと問題は起こす側で、
俺にとっての幸運は、こいつの被害は主に研究塔に向かうところぐらいのもんか。

それがこんな感じに上の空ってのは、大抵脳味噌が煮詰まって、フリーズしてる時のそれ。
別にただぼけっとするだけなら構いやしないが、問題はこの後だ。
過去の経験則からすると、ほっとけば数日以内に研究塔で騒ぎが起こり、こっち側に苦情が来る。
そいつが『研究塔を爆発させた』か『厄介な異界化させた』か、『実験に使う魔力を霧散させた』かは分からないが。
まあどれにせよ、大分とっておきの厄介ごとになることには変わりない訳だ。

一応寮監として擁護しとくと、それは別にこいつに悪意があってのことじゃない。ああ、多分な。
ただ一つの事に集中しすぎて、他が何も見えなくなる時があるってだけだ。うん、多分な。

「まあ……とりあえず、入れや。他の連中は談話室でゲーム大会中だぜ」

さて、上手いことガス抜き出来ればいいんだがと思っていると、
俺の気も知らずに奴の腹からグゥ、と大きな音が鳴り響いた。

「……お腹空いた」

表情も変えずに言う。

大なり小なり、そんな問題児どもを上手く宥めて時にはすかして、爆発前に処理してく。
どうだい、まだ暇で楽に見えるかい? それならいつでも譲ってやるぜ。緑剣の寮監なんてな。



どでかい卓袱台に並んだ大量の皿は、三十分もかけずに空になる。
それらを全部処理した張本人は、卓袱台の上で腕に顔を乗せて、目をしぱしぱさせながら大欠伸だ。

「はあ……人心地ついた。ご馳走様」

まだちょいとたどたどしいが、言葉に多少は抑揚が出てきた。ここまで来たらもうちょいだな。

「そいつは良かった。なら、ついでに風呂でも入ってきな。丁度さっき沸いたとこだぜ」

当番がサボって無ければな、と付け加える。
なんせ今のこいつは、髪はぐしゃぐしゃ服は皺だらけ、
頬にはよく見りゃ謎のペイント、多分得体のしれない魔法薬がひっついて、浮浪者みたいな有様だ。

「どうせ、前に帰って来てから入ってねえんだろ? 随分匂うぜ。犬ならひっくり返るぐらいに」

暗に偶には本校舎の風呂でも使えって意味も込めて言ってやると、生意気にもむっとした表情になる。

「率直すぎない? 一応、女子だけど。ボクだって傷つく時は、傷つく」

ハッ。鼻で笑う。

「なら猶更、身綺麗にしとくんだな。今のお前はそうだな、探検してたら突然頭上から降ってきて、
『ジャングルツヨイヤツオキテ! ジャクシャカエレ!』とでも言いそうな格好してるぜ?」

俺の軽口にはくすりともせず、ぶつぶつ文句を言いながら、奴は浴場の方に歩いてく。
フン、どうにもここの生徒どもとはジョークのセンスが合わなくていけないね!

「おっと、着替えを忘れるなよ。どうせハディに洗って貰ってるんだろう? 偶には礼ぐらい言ってこい」

浴場と寮室は離れているから、うっかり着替えを忘れた場合。
そいつは汚れた服を着なおすか、さもなければ全裸で夜の寮内を闊歩する羽目になる。
これが女子なら大歓迎。だが生憎、そういうアホは男子ばかりだ。十割な。

途中まで向けてた足をぴたっと止めると、忘れてた、と呟いて、こいつは自分の部屋へと向き直る。

「───比良坂、面倒見割といいよね。外見によらず」

「うるせえ。外見によらずは余計だ」

そもそも、俺は別に面倒見がいいだとか、そんな殊勝な精神の持ち主ではないんだがな。
そうしないともっと厄介な羽目になるって、よーく知ってるっていうだけだ。



新品の服を持ってのそのそ歩く奴を見送ったら、ようやく一人静かに月見を再開。
今夜は満月、ウェアウルフが最強の夜。まあだからってマビノギオンでは大して問題にはならないがな。
なんせ下手に暴れたが最後。
『正義!』って叫び声と共にどこからともなく矢の雨が降ってきて。
『浪漫!』の声と同時に刀を握りしめたおっさんが斬りかかり。
『幸福!』という声がしたかと思えば、無数の上位魔法が惜しげもなく飛んでくる。
最低限、派手に暴れるような奴はここじゃあ生きていけねえさ。
やるなら教師や門番どもの眼が届かない異界の奥深くだの、森の奥だので待ち伏せするか。
さもなくば、規格外の化け物になるか、策謀を巡らせるかってとこだな。丁度、異種世界の連中みたいに。

だから今夜も問題無し、絶好の月見日和。
雑務を忘れて美味い酒を飲み、美味いつまみを食う。いや、こいつはなかなか乙なもんで───

「ユーリカ!!!!!!」

まあそんな時間はあっという間に壊れるもんだがな。
バン、と音を立てて寮の門が開いたかと思うと、“マナ崩し”が騒々しく飛び出してきた。
ていうかなんだその服。着ぐるみパジャマってお前。身長が低いせいで普通に似合ってるのがなんか腹立たしい。

「ユーリカ!! ユーリカ!!! ユーリカ!!!!」

ぱたぱた手足を踊るように暴れさせながら、とても最悪なことに、奴は俺に気が付いた。
咄嗟に顔を背けて知らんふりを決め込んだが、気にすることなく近づいてくる。
何だユーリカって。今のお前がムシャムシャ食うアレなら、ユーカリの事だろ。
いや、うん。知ってるよ? 言葉の意味は知ってるとも。アルキメデスの有名なセリフだ。“我、見つけたり”。
風呂上がりに素っ裸で走りながらじゃなかっただけマシか? いや、でもコアラのパジャマってお前。
他人の振りをしようという俺の努力も空しく、奴は興奮しながら叫び始める。

「分かった、分かったよ! つまりさ、一次元的な思考が駄目だったんだ!」

落ち着け。そして出来れば、そのままどっかに行ってくれ。
せめて俺に分かるよう、一から順を追って話せ。

「現在の定説では、魔法の属性は一つの直線上に沿ってゼロを境に反対側に存在するのが対立属性という」

あっ。今唐突に理解したぞ。さてはお前、俺と会話するつもり無いだろ。

「だけど実は魔法の属性とは二次元的、即ちX軸とY軸の組み合わせによる座標が決定するもので(以下35行程略)逆説的に言えば、X軸とY軸双方においてマイナスを掛けた座標にこそ真の対立属性……仮に、反属性と呼ぶけど。特定の属性に対しては反属性に相当する座標を指定して魔法式を構築することで、攻撃魔法による、異なる属性の攻撃魔法の相殺・無力化が可能となり(以下23行程略)───つまり、この理論が証明されれば現行の属性一次元説では説明のつかなかった特殊属性……星、鉄、理に、希少属性の存在に対しても虚数領域を利用することで論理的に筋の通った説明が(以下42行略)これはまだ仮定だけれど。魔法理論という分野において、数学方面からの新たなアプローチが可能という事になる! もしそうなれば魔法理論学者だけでなく、数学者の領分としても扱うことが可能な学問に変化するんだ。研究だって加速度的に進むに違いないぞ、技術的特異点の発見にも繋がるかもしれない!!」

以上。一方的に、そして一息に謎の言語を発し終えると、目を輝かせながら魔城領域───研究塔へと顔を向ける。

「こうしちゃいられない、早く戻って計算開始だ! 今日はオールだぜ!」

戻ってきた時ののそのそした歩き方から一転。奴は凄まじい勢いで研究塔に向かって走り出す。

「───あっ。ごめん、それ、返しといて! つい持ったまま来ちゃったんだ!」

そう叫ぶと、制止する間もなくブーメランを投げるような恰好で、何かを俺に投げてよこした。
運よくそれは丁度俺の目の前に飛んできたんで、パシっと上手く受け取ってやる。

「おい、こいつは」

何だ、と聞こうとした頃には、奴の姿はもうそこになかった。
予言しとくが、明日の七年生の授業には、コアラが一匹出席することになるだろう。

溜息をつきながら受け取ったものに視線を落とすと、そいつは一枚のタロットカードだった。
談話室で、誰かが占いでもしてたんだろうな。で、その最中にあいつはさっきのよく分からないことを思いついた。
うちの寮で占星術師ということは……二、三人の候補を思い浮かべつつ、図柄を確認。

「……月、ねえ。あいつ、意味わかってるのか?」

大アルカナの18番、月。その意味は不安定、見えない危険、猶予の無い選択、幻滅……
まあ少なくとも、いい意味はあんまりないな。
空に浮いてる満月に重ね、すっぽりと空いた眼窩からカードを仰ぎ眺める。

「……おっと、だがこりゃ逆位置か。ま、あいつが開いた時にどっちだったかは知らんがな」

月の逆位置。

優れた直観、未来への希望───過去からの脱却。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2018年12月29日 15:37