「ちょっと人間味ないよな」
そう言われて、私は間の抜けた声を上げたのだと思う。
桜が完全に散り切っていない時節。
私が私に、まだ可能性を夢見ていた頃の話だ。
夜明けの時代「大魔城学園」
Short Story. episode Hikari.
「16歳と3ヶ月」
「そんなきょとんとされても。自覚なかったのか?」
私を覗き込むように彼は訊ねる。
別に私の背は小さい方ではないけれど、彼が大きすぎるのだ。
彼の体躯で私はすっっぽり日陰に収まってしまう。
「ない…、ことはないですけど…」
食前の祈りを終えた私は、お弁当箱の蓋を開けながら曖昧に答える。
ひらりと落ちてきた桜の花びらが、蓋の上に落ちる。お弁当箱の中に入らなくてよかった。
今日は、陽一さんと一緒にお花見に来たのだ。
お花見と言うよりかは、ピクニック。
休みの日にお弁当を用意して四森山を登り、この時期に見れる山桜を見ながらお昼を一緒にするだけ。
有体に言ってしまえばデートのお誘いだった。
今思うと、彼なりに私が首を縦に振りやすい理由を選んでくれたのだと思う。
「お前は目鼻立ちがいいからさ、手を組んで祈ってる姿を見ると、なんか非現実的なんだよな」
実際、人形みたいとか、彫像みたいとかは稀に言われているので、強く否定できなかった。
「それにしても…」
どこか釈然といかない私をよそに、お弁当箱を覗き込みながら彼は呟く。
「そんなに気を遣ってもらわなくてもよかったんだぞ? 多少は挑戦してみてもよかったのに」
おそらくはお弁当のおかずが、すべて冷凍食品で構成されていたことからの指摘だろう。
痛い所を突かれてしまった。
「陽一さんに、美味しくないものを食べてもらいたくはないですから」
眉をしかめながら私は答える。
私は料理が下手だ。
ちゃんとレシピ通りに作っても、どうにも美味しくならない。
どこかを間違えてるのかなにか良くない癖があるのかはわからないが、できるものはどれも食べれないことはないけれど、美味とは言い難いものばかりだ。
「彼女の手料理、ってもんは一度くらい食ってみたいもんだぜ? ダチにも自慢したい」
「なんですか、それ…」
実は、今朝は早起きして挑戦してはみたのだけれど、味見の結果、出来上がったお料理は今日の私の晩御飯となった。今晩のことを思うと、今から少し気が重い。
「それに」
割り箸を割って、彼はお弁当箱から唐揚げを一つひょいと取り口に運ぶ。
「美味いに越したことはないが、俺が食いたいのは美味いかどうかよりも、まずお前の料理であるかどうかの方が重要なんだ」
口をもぐもぐ動かした後、小さくうまいと呟いた。
「陽一さんって…」
私も箸を割りながら、視線は目の前の彼に。
「そんな歯の浮くようなこと、言う人だったんですね」
ずるり、とテレビのコントで見るようなリアクションをしてくれる。
彼は、一挙一動が少し大げさで、そしてそれは意図的なものなのだと最近気付いた。
彼とお付き合いを始めて、まだ一か月と少しくらい。
関係性が変わって、私は目で彼を追いかけることが増えたのだけれど、やっぱりお友達と話しているときと、私と話している時では少し雰囲気が違う。
「それはちょっと辛辣すぎやしねぇか…?」
「冗談ですよ。次回は、一品くらい手作りに挑戦してみます」
私は口元に手を当てて小さく笑いを溢す。
きっと、私のためにわざわざ大仰に、というよりは感覚のアンテナを広げてくれているのだろう。彼自身も少し緊張しているということもあるのかもしれない。
でも、それは私のとっては少し意外だった。
彼はいつでも、誰の前でも変わらないような人だと、勝手なイメージを抱いていたから。
「楽しみにしてる」
そんなことはない。
彼も、私とたったのみっつしか違わない、ただの19歳の男の子なんだから。
「あ」
登っている時は気付かなかったのだけれど、登山道の周りは木々が少なく、帰り道は学園である"城"と、その先に広がる"城下街"の様子が、綺麗に見渡せた。
「夕焼け」
結局あの後、二人は黙々とお弁当を平らげ、その最中、または食後に、ぽつぽつと会話があった。
私はあまりお喋りな方でも無いけれど、口に手足が生えたかのような陽一さんが思ってたより喋らなくて、なんだか意外だった。
彼がどうだったかはわからないけれど、少なくとも私にとっては心地の良い時間だった。
ぼうっと桜の花を見て、偶に思い出したかのように二人で会話を紡ぐ。
たまに鳥の鳴き声も聞こえたりして、緩やかな時間が愛おしかった。
気付けば、あっという間にもうすぐ日暮れという時間になり、少し慌ただしく山を下り始めたのだった。
「綺麗、ですね」
私の言葉に「だろ?」と少し得意気に返す陽一さん。
四森山を下りていくさなか、眩しいなと思って向けた視界の先で、城と城下はオレンジ色に染められていた。
西はまだ煌々と夕日が輝いているけれど、東の方にはもう濃紺の夜空が少し顔を出している。
「これが、見せたかったんですね」
視線は街の方を見つめながら、ぽそりと溢すように、私の後ろに立つ陽一さんに向けて言った。
「ばれたか」
なんだか彼はあっけらかんと言ってみせてしまう。
本命は最初から桜ではなかった。
この綺麗な夕焼けの景色に、私はちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、泣いてしまいそうになった。
私は、彼のこういう感性や考え方に惹かれて、初めて男性からの申し出を受け入れた。
過去に何度か、先輩や後輩や、同級生から。
素敵な想いを告げてもらったことはあったけれど。
私はどうしても自分自身の魅力や価値を肯定できなくて、首を縦に振ることは一度もできなかった。
でも、入学したあの頃から、ずっとおふざけ半分に私の世話を焼いていてくれた陽一さんに、
ずっと私を見てくれていた彼に、一緒にいてほしいと告げられて、
もしかしたら、私は私を赦せるのかもしれないと思えた。
彼の手を、取ることができた。
「陽一さん」
「んー?」
彼も城下をぼんやり眺めながら生返事を返す。
その、緊張感のない声に、私は思わず笑いを溢してしまう。
「また、おでかけしましょうね」
この景色は、きっと私の大切な思い出の一つになる。
そんな気がした。
これは。
桜が完全に散り切っていない時節。
私が私に、まだ可能性を夢見ていた頃の話だ。
It's the events of two years ago.
最終更新:2018年12月21日 22:09