日は完全に沈み、星空となった空には白く輝く月の姿が浮かぶ。
その頃、月光に照らされた街の中では……

???


……何だろう、この感じは。
体が落ちていくような……と言うよりも、本当に落ちているらしい。
空はどんどん離れていき、下には一面の暗い海が広がっている……
でも、どうして落ちているのだろう。
私はどうして落ちていて、そしてどうなるのだろう……

そこへ、一筋の光が見えた。此方に向かって、直進的に飛んで来る…まるで翼のような、一対の光が。
私は恐怖の余り、思わず目を閉じていた。
しかも、私の身を打つ風の衝撃に耐えられず、
どんどん私の意識は遠退いていく……



ヘブンシティ都心


場所は変わり、此処はヘブンシティ。
幾多にも及ぶ建物の陰に隠れるように、二人の人影が映っていた。

「ほら、今日は魚と果物が取れたわよ。」
二人のうちの片方……恐らく少女だろう。
彼女は目の前の相手に、人間の頭程の大きさの魚と、林檎のような赤い果物を差し出した。
「これだけしか無くて申し訳無い」と述べる彼女に、相手は優しげな言葉を返した。
「ううん、僕これだけでも平気だよ。それに、わざわざ採ってきてくれたんだし……むしろ、ありがとう」
中性的な声の少年は相手にお礼を言うと、そのまま果物にかぶり付いた。
その様子を観察していた誰かに気付かないまま……

「やっぱり、本当に居たんだ…」
「すぐ、誰かに知らせよう!」


海岸


「……で、此処がヘブンシティ自慢の海岸だ。」

俺はサザロス、遥か南にある王国アポロンズフィールドの……
というのは前も言っただろうから言わない。

今はジャンに連れられて、ヘブンシティの見学をしている。
エルフィア達も誘ってみたのだが、
エルフィアは「遊ぶ約束があるんだ」と言って出ていったし、ミリフィアは「誰かが留守番しなきゃ」と言って家に残った。
そして、結局はジャンと二人で廻っている。

そして今居るのが海岸なのだが、これがなかなか綺麗なのだ。
月の光を受けて煌めく海面は、まるでプラチナでも溶けているように見える。
砂浜にも光が当たっており、此方は真珠のような輝きを持っている。
ヘブンシティの自慢と言うだけあって、それは最高に美しかった。

しかも海面を見ていると、青白い光が線を描いて飛んでいくのが映った。
急いで空を見上げると、そこには海面に映った光より更に眩しい光……それは星と言うにはあまりに大きく、月の欠片でも落ちたかと思ってしまう程の物だった。

「うぉっ スゲェ!あれ見ろよ、流れ星じゃないか!?」

俺はジャンの肩を叩き、空を指さした。
するとジャンは、俺に続いて空を見上げた。その光を目にした彼も、俺と同じように目を剥いて、釘付けになっていた。
「本当か!?……」
しかし、その後の表情を見た俺は疑問に思った。

笑っていない。飛行する光を、何故か睨みつけている。
確かに、流れ星にしては大き過ぎるが……と思い、俺も再び空に目を向けた。
そこには、未だ消えずに残る光……否、その光は本当に何かが可笑しかった。

「あれは流れ星なんかじゃない……デカい光の翼だ!」

そう、それは巨大な光の翼だった。だから、あんなに大きかったのか。
間もなく翼は海岸の向こうへと降り立ち、終いに光は薄れて消えていった。
何者かを確かめるべく、俺達もそこへ駆け寄った。

しかし、遅かった。

後ろ姿で立っていた、目の前に居た誰か……そいつは、背中から光の翼を出現させた。
あまりの眩しさに、俺達は目を閉じた。
そして目を開いた時には、あの光など何処にも無かった。

代わりに、何故かそこには一人の少女が倒れていた。
銀の色をした艶やかな髪を、両サイドと後頭部でテールにしている。トリプルテール、とでも言うべきか。
そして、その服装は異国の雰囲気を持っていた。
俺の故郷・アポロンズフィールドでも見た事は無いし、
このヘブンシティでも見かける事はなかった、少女の暑そうな格好。
これは確か……そうだ、雪国の格好だ。しかし、何故こんな所に、雪国の少女が倒れているのだろう。

とりあえず、このまま放っておく事は出来ない。少なくとも、俺には出来ない。
まず、俺は声をかけてみた。
「おぉい、大丈夫かー?」


返事は返ってこない。それどころか、ピクリとも動かない。死んでしまったのか……そんな事、俺は認めない。

次に、体を揺すってみた。
相手の肩をそっと揺らして、声も同時にかけて……


すると、ようやく彼女の目が動いた。その瞬間に俺は、大きな安心感を取り戻した。人命救助とは、こんなにも緊張するものなのか。

「人工呼吸でもしてみたらどうだ?」
「何もしてねぇ奴が口出しすんな!ってか出来る訳ねぇだろ!」

ジャンがまさかの『空気読めない発言』だ。
俺の緊張を解してくれようとしたのだろうが、その発言は全く空気を読めていない。
しかし、今の俺の突っ込みが耳に届いたのか、
遂に彼女の意識が戻った。

俺の声に続き、小さな唸り声をあげた彼女は、白雪姫の如く目を覚ましたのだ。

「んー……………大きい剣で天井が………」

起きて早々、意味の分からない事を呟きだしたが……頭でも打ったのだろうか。
俺の後ろで腕を組みながら様子を見ていたジャンも、彼女の言葉に首を傾けていた。

「……とりあえず。俺はサザロス、太陽の国の王子だ」
今は、彼女を知っておかなければ。俺は相手に手を差し伸べ、自分の紹介をしてみた。
物分かりが異常に良かったジャンは俺を信じてくれたが、彼女はどうだろうか?
とにかく今は、信じてくれる事を祈るだけだ。
彼女は、俺が伸ばした手を掴み、立ち上がった。

「王子……………何、それ。」
「えっ?」 「ぇ…」
……そんな馬鹿な。信じるどころの問題ではないじゃないか。
ま、まぁ良い、王子の意味は後で教える事にしよう。

心に多大な敗北感を覚えた俺に代わり、後ろからジャンが相手に問い掛けた。

「俺はジャン・スレイド。どうやら此処ら辺じゃ見かけない顔だが…どちら様だ?」
「え、私?……私は、…」
彼女は、ジャンの質問に対して困っていた。
まさか、と思った。そして、彼女が呟いた一言は、その『まさか』通りだった……


「………名前なら分かるよ。私はノゼライ。それ以外は……分かんない、かな」


やっぱり、記憶喪失だった。本当に頭を打っていたという事か。
「人の命を助けた」と浮かれていた俺も、その言葉を聞くなり思わず黙り込んでしまった。
ジャンも、相手が記憶喪失だろうと推測出来ているようで、何かを必死に考えている。
そして、ノゼライと名乗った少女は、俺達の様子を不思議そうに見ている。
この風景が、延々と続いた………

その時だった。
突然のズドォンッ、という音と共に、砂煙が巻き起こった。

「っ!! 何かが降ってきた!」

俺達は、一斉に砂煙の方を向いた。
背後から、まるで嵐のように暴れる砂の粒。そしてその中には、一人の怪しい影……


「人間よ……そいつの命は我々が貰う!」

砂煙は晴れ、そこに立っていた人物が指を指しているのが分かった。

その指の先にいたのは、俺達が今さっき助けた少女、ノゼライだった……

ー続くー
最終更新:2012年05月21日 12:42