ヘブンシティ住宅区


「へぇ、この辺の家は不思議な形してるんだなぁ……」
ヘブンシティに単身舞い込んだ俺は、
ひたすら街の中を放浪していた。
あの山岳付近で街を見詰めていた時は東の端に浮かんでいた朝日も、
気付けば既に自分の頭の真上まで来ている。
街には、続々と住民が行き交うようになった。
一人歩き続ける俺を、妙な目で一瞬だけ見て通りすがる奴も増えた。
……失礼な奴もいるんだな、と少し頭に来たが、無視した。

「参ったなぁ……せっかく来たのに、家が無きゃ結局は野宿じゃねーかよ。ボロで良いから、空き家無いかなぁ……」
刻々と時間は過ぎていくが、自分は全く進歩していなかった。
途方に暮れた末、俺は小さな階段にゆっくりと腰を降ろす。
そして、静かに溜め息をついた。同時に、俺の腹の虫が大きな泣き声をあげた。
はぁ、と息を溢す度に、ぐぅ、と腹は音を鳴らす……繰り返しだった。

時間は更に過ぎていき、とうとうおやつの時間になった。
すると、失業者の如く座り込む俺に、遂に誰かが声をかけてくれた。
「……なぁ、お前。俺の家に用でもあったか?」
俺は虚ろな目をして前を向いた。そこに居たのは、俺と同じくらいの男だった。どうやら俺が座っていたのは、この少年の家……玄関の段差のようだ。自分の家の玄関に見知らぬ男が居ては、驚くのも無理は無い。

そんな自分を見下ろす彼は、『俺が住んでいた国』では見た事の無い、都会的な格好をしていた。
ボリュームのある金髪の頭を黒いバンダナで包んでいて、耳には……ヘッドホンだっただろうか、何か機械を付けている。
緑色をしたツリ目は、俺の方を不思議そうに見ている。
男の俺が言うのはアレだが、実にイケメンな少年である。
……まぁ、相手がイケメンだなんて、別に関係は無いが。

「あぁ、ちょっと腹減ってさ……金も無い、家も無い。せっかく旅の疲れが抜けると思っていたのになぁ……」
気の抜けた弱々しい声で状況を説明する俺に、彼は未だ不思議そうな目を向けていた。こんな見方をされ続けては、可笑しな格好のモンスターにでもなった気分になってしまう。
「へぇ、要は旅人ってわけか……俺はジャン。ジャン・スレイドって言うんだ」
ジャン・スレイド……どうやら、この街では苗字を使うらしい。俺は、苗字なんて物は持っていないが。

なんて事を考えていると、目の前の相手は俺に訊ねてきた。
その問いかけは、今、一番して欲しかった質問だった。
「とりあえず……腹、減ってるんだろ?家に来いy「マジでっ!!?」

嗚呼。俺の腹が満たせる瞬間を、一体どれほど楽しみにしていただろうか?思えば、早朝から昼過ぎまで、よく飲み食いせず居られたものだ。
とにかく、彼の心遣いに感謝しなければ。そう心に念じて、俺はジャンの家に駆け込んだ……

スレイド家内


「ただいまー、お客を連れてきたぞー」
ジャンに連れられて、俺はリビングへと足を踏み入れる。そこは、俺にとって驚きの塊だった。噂に聞いていた通り、確かに存在した物の数々……
城の玉座のようにフカフカな長い椅子が『ソファ』、
幾つもの映像を写し出す黒くて光沢のある板が『テレビ』、
オシャレな柄をした布の敷いてある『円卓』……

初めて見る物ばかりが並ぶその部屋を、俺は興味深々に見渡す。「ヘブンシティは、科学や文化に優れている」という話を聞いてはいたが、まさかこんな物を作ってしまうとは驚きだ……
なんて思っていると、今度は別の少年と少女がやって来た。
部屋の中だと言うのに、二人揃って帽子を被っている。男の方は白い帽子を、女の方は黒い帽子を、それぞれ後ろ向きに被っている。
そして、二人とも外ハネした金髪をしていて、目も同じように緑色…ただ、女の方は髪質がサラサラしてそうだ。目の色も、女の方は濃い緑で、男の方は黄緑に近い。
その姿を見た俺は、瞬時に双子だと分かった。

「この二人は、俺の可愛い弟と妹だ。ほら、挨拶しろ?」
「うん!」 「ん、分かったよ」
元気の良い返事をしたのは、ジャンの妹の方だった。
「私はミリフィア・スレイドだよ。ヨロシクね!」
ニコッと彼女が浮かべた微笑みは、俺の僅かな緊張を解してくれた。
次に挨拶をしてくれたのは、弟の方だった。
「俺はエルフィアって言うんだ、よろしく!」
弟の方も、俺に柔らかく微笑みかけてくれた。……それにしても、礼儀が良い上にイケメンだ。こんな美少年と美少女を産んだ親は、きっと色々優れた人だったのだろう。

二人の自己紹介が終わると、ジャンに円卓に座るよう言われた。俺が椅子を引いて座ると、ジャンは俺の正面に座る。その間に、ミリフィア達は部屋を出て行く。そして、兄弟の様子を一通り観察した俺は、ようやく自己紹介を始めた。

「ゴホッ…さて。俺の名前はサザロス。遥か南にある太陽の国・アポロンズフィールドの王子さ!」

ー続くー
最終更新:2012年05月30日 17:20