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 この街では日常と非日常は同一である。今回のような殺人事件など日常の範囲にしか過ぎないのだ。とはいえ、人生経験(いやここではこの街の経験といったほうが適当かもしれないが)がまだ少ない学生たちにおいては、非日常ともいえるのかもしれない。

容易に裏返る現実という名のカード。この街で日常と非日常のラインはどこに引けばよいのか。少なくとも何が起ころうとも不思議ではないこの街で、犯罪行為(もちろん殺人を含めて)などすでに珍しいものではなく、毎日起こっているものである。では、そのような状態が日常なのか。それを断言するのは難しいだろう。どんなに毎日のように起ころうとも、自らの周りで起こらなければそれは幻想物語に過ぎない。つまり普段起こらないであろうことそれが起こることが非日常といえるのだろう。

では話を戻したとして、この街の非日常とはいったい何なのか。もちろん一部のものにとっては街の外の日常とさして変わらないものであろう。では、常々(街の外で言うところの)非日常の中にいる者たちにとってはどうなのだろうか。彼らにとっての日常は非日常なのか、それとも単なる非日常の連続でしかないのか……。

 

「お久しぶりですね。中里警部。」

理緒は駆けつけた警察官の中に見知った顔を見つけ話しかけた。

男の名は中里真哉(なかざとしんや)。若干32歳にしてこの街の警察署の警部であり、一課に属している。冷静な判断力と行動力を持っている。部下には慕われているなかなか人当たりのよい性格である。

「久しぶりか。確かに半年ほどは何の連絡もなかったが…その方がいいんじゃないのか。」

連絡、つまりは事件の通報だ。理緒と中里のつながりはそれしかなかったが、理緒の特殊な日常ゆえに中里との付き合いは望まずとも多かった。

「今回の事件についてわかっていることは。」

中里もなれているようで、そこら辺の警官に聞くことはなく、第一発見者である理緒に聞いてきた。

「被害者は七瀬沙奈絵(ななせ さなえ)。この学校の3年生。美術部に所属している。今回被害にあったのはここ美術室だから、部活中に殺された可能性もある。美術部の部員は2年の日影千歳(ひかげ ちとせ)と一年の…えーと森丘と誰だったかな。

あと、七瀬は親を亡くしてこの学校で寮生活をしていたから、親族は誰もいなかったと思う。

鑑識に聞いたらわかると思うけど、おそらく死因は背中からナイフで心臓を一突き、即死したと思われる。」

理緒が一気に話し終わると、中里が聞いてきた。

「死亡推定時刻はどのくらいと判断した。」

明らかに、第一発見者に聞くことではない。しかし、何度も同じやり取りをしてきた二人にとって、この質問もいつものことといえることであった。

「大体死後10時間ってとこかな。鑑識のほうが詳しく出せるだろうし、そっちを聞いて。」

そこまで理緒が言うと、近くの部下が中里に気づいたらしく、事件の内容を伝えに来た。

「今回の事件ですが…。」

「もう聞いた。持ち場に戻れ。」

部下にそう告げると中里は死体のほうへと歩いていった。誰から聞こうとやはり自分の目で見たものが一番正しい。そういった自信と判断力を持っていた。

確かに理緒に聞いたとおりのようである。中里自身は死亡推定時刻などを割り出す力はない。そのため、死亡推定時刻や、正確な細かい情報などは専門家に聞くしかないが、他の行動に関しては全て自分自身でできるものだった。

 

「日影千歳さんですね。少しお話を伺いたいのですが、よろしいですか。」

中里は生徒玄関から出てきた千歳に、警察手帳を見せた。

「…はい。」

千歳は少し驚きながらも予想していたようで、すぐに話しに応じた。

「長くなるようでしたら、何処かゆっくりと話せるような場所のほうが。」

千歳は警戒しながらそういった。

「では、おごりますので近くの喫茶店にでもどうですか。」

「はい。」

千歳は警戒しながらも素直に反応すると、中里の後を突いていった。

その姿を遠くで一つの存在が見ていたが誰も気づくことはなかった。

 

「七瀬さんがどんな方だったか教えていただけませんか。」

喫茶店に着いた中里は、適当に飲み物を頼み千歳に話しかけた。

「…沙奈さん。」

千歳は沙奈絵の名を出すと。一言そう呟いたきり、話さなくなってしまった。

身近な人の死。それも殺されたとあっては、まだ子供である千歳にとってはつらいことなんだろうと思う。

中里はその様子を、静かに見守っていた。

「すみません。私は話さなきゃいけないのに、話したいこともいっぱいあるのに…。」

「あわてなくていいから、落ち着いてからでいいよ。何でもいいから教えてほしい。」

まずは落ち着かせるのが最優先である。

少し落ち着いてきたのか千歳は運ばれてきた飲み物を飲むとゆっくりと話し始めた。

「…昨夜は7時前ギリギリまで部室にいました。その日沙奈さんは体調が悪い用で、早めに帰りました。早めといっても5時は過ぎていたと思いますが。部室のあるほうは、7時以降は基本的に立ち入り不可能になってしまうので、他の部活を考えても私が最後だったと思います。」

そこまで一気に言って千歳は再び黙ってしまった。そのまま舞っていようかとも考えたが、様子を見ると何を話していいのかがわからないといった様子だったので、一つ質問を入れた。

「その日、他の部員たちは。」

何かを考えていたのか、少し遅れてその質問に気づき答えた。

「一年生、ですか。うちの部活は基本的に自由な部活なので、連絡とかそういったものはもらってないんですが、二人とも来ませんでした。」

「失礼ですが二人のお名前は。」

「高野誠児(たかの せいじ)さんと、森丘圭助(もりおか けいすけ)さんです。」

「そうですか。ありがとうございました。必ず犯人は見つけてみせますから。」

中里はメモを取りながら礼を言った。そしてすばやく立ち上がると、会計を済ませ、さっさと去ってしまった。

残された千歳はしばらくその背中を見つめていた。

「千歳。何してるの。」

少しみとれてボーッとしていた千歳に後ろから理緒が声をかけた。

その声に驚いた千歳は、ビクッと体を震わせると理緒のほうを振り向いた。

「理緒、驚かせないでよ。理緒こそどうしたのこんなところに。」

確かに普段理緒がこんなところに、それも一人でいることなど考えられない。しかし、そんなことを考え付かないほどに驚いていた。

理緒と千歳はクラスメートである。そのため、理緒も沙奈絵とは面識があったのだが、自由な部活であるため、一年生とは会ったことがないのである。

「ごめんごめん。」

理緒はいつもの調子で謝るが、その顔は笑ってはいなかった。

「沙奈絵さん亡くなったってね。さっき刑事さんに聞いたよ。」

一度言葉を止め、千歳の様子を伺う。

少し暗い表情になったのを見て、理緒は言葉を続けた。

「ねえ、よかったら沙奈絵さんのこと話して。私は沙奈絵さんのことあまり知らないから。ねっ。」

理緒はやさしい表情でそう言葉をかけた。

「うん。」

そう一言千歳が言って、よかったら千歳の部屋で、ということになった。

 

その頃。

「高野と森丘か。ほかに有益そうな情報は特になかったか。」

確かに、最後まで残っていたのは千歳かもしれないが、犯行が行われたのは昨夜の12時ごろ。千歳のルームメイトに聞いたところ、その頃は二人で話していたというし、防犯カメラにも映っていない。ほぼ確実に白であろう。

それよりも怪しいのは後の二人か、もしくはまだ名も知らぬ誰かであろう。

 

千歳の部屋は、寮の最上階の右端にあった。そこでルームメイトと二人で暮らしているらしい。さすがに女の子の部屋といった感じの部屋である。

「沙奈さんは、私の憧れの人だったの。いや、みんなの憧れだったのかな。沙奈さんは本物を描くことができるの。」

そういって千歳は一枚の絵を取り出した。決して芸術的な絵ではなく、ただ本当にそこにそれがあるかのような絵。トリックアートとでも言えばいいのだろうか。それは違和感なく、周りに調和した自然な状態でそこにあった。

「沙奈さんにもらったんだ。」

千歳はうれしそうにそういうと大事そうにもう一枚の絵を取り出した。

そこには沙奈絵と千歳の二人の絵があった。確かに取れは本物だった。写真というレベルではなかった。本当にそこに彼女たちが存在するような、そんな絵だった。

「誕生日プレゼントなの。一年生が入る前は私と沙奈さんの二人だけだったから。たった二人だけの集合絵。」

途中からは泣いてしまったのか、声が小さくなって聞こえなくなってしまった。

「一年生を含めた集合絵を描いてる最中だったのに……どうして。」

その後会話を続けることはできなかった。千歳はただ理緒の胸の中でないていた。小さな理緒の胸がとても大きく感じられた。

 

空の曇り空はいつの間にか、月光の差す晴天となっていた。わずかに満月に足りない十三夜月。月の光が強いためか、街の光が強いためか、夜空を見上げても輝いているであろう星々は見ることができない。

その月光の中、周囲の闇に隠れるかのように一つの人影が踊っていた。シエルの格好は暗闇の中では極端に見えにくくなる。昼間は目立つ格好も夜に行動することを考えると、間違いではないのだろう。

シエルのほかに影はない。いや、生きとし生けるもの全てが、いなかった。観客のいない一人舞台で、シエルは舞う。闇夜に照らされた十字架が唯一輝きを持っていた。

その様子をただ欠けた月のみが見守っていた。

 

 

プルルルルルッ プルルルルルッ

 

早朝から電話がうるさく鳴る。こんな早朝から鳴るとあれば、それは緊急事態であると見て間違いはない。

 

プルルルルルッ ガチャッ

 
「はい、中里ですが。」

まだ覚醒しきっていない頭で電話に出る。しかし、電話の向こうからの声が話す内容は頭を覚醒させるのに十分ものだった。

「……何だって。…ああ、わかったすぐに行く。」

電話を切ると中里はすぐに家を飛び出していた。多少髪が乱れているがそんなことは今、気にしていられない。

理緒からの電話だ。あいつからの電話はいつもろくなことがない。今回もそうだ、ありえない。ありえないのだ。死体が一夜にして消えることなど。