巴プロレス(ともえ プロレス)

85年前に設立されたプロレス団体です
社長は『柔道界のドカ男』と呼ばれた希代の柔道家。金メダリストの巴二十八

「おいらはもっと皆が楽しめる試合がしたいんだ!」と言う信念の元、設立したは良いモノも
プロレス(=八百長)の偏見もあり、『巴は逃げた』と非難も轟々中の厳しい経営でしたが
地道な活動を続ける事により、何とかかんとかでやって行く事が出来ました

しかし設立15年目のあの日
知人(旅館オーナー)の旅館から、マイクロバスで会場に向かう途中、
レスラー全員を乗せたバスが転落事故に遭ってしまったのです

唯一生き残ったのは『巴二十八』だけでした巴は慟哭します。そして一つ思い出します
「今日は…『豪介』の嫁さんの出産日だったな。おいらが言わねぇと。」
巴は足を引き摺りながらも、病院へ向かいます

「おぎゃーおぎゃー。」

巴が着いたその時。ストロング豪介の息子は出産され、元気に産声を上げていました

しかしその嫁は…

「あ…社長……。試合後と言うのにありがとうございます……。」
「あ…ああ……。実はな……。奥さん。」
「豪介…。百文字さん。貴方にそっくりは丈夫な男の子よ……。」
「え…?お・奥さん!奥さぁああああああああああ~~~~~ん!!」


ストロング豪介の嫁は、死んでしまいました
夫には隠していたようですが、相当無理をしての出産だったようです
天涯孤独となった赤ん坊。巴は心に誓います

「これからはおいらが!おいらがお前を育ててやる!!
 お前は『豪介』だ。親父と同じ名の『百文字豪介』だ!!」


こうして、巴は豪介、男手一人で育てあげる為に、巴プロレスは解散しました
旅商売であるプロレスを続けての子育ては難しく、
また、豪介には学問の道を進んで欲しいと言う思いがあった為の解散でした

しかし、70年経った今でも、時折こう音に聞く事があります

「もう一度見てたいな。あの巴プロレスを…!」

思い出何時だって。美しいまま、激しくも楽しく


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