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地図
合戦
合戦場

三増峠

場所

甲斐-武蔵

合戦場候補地

地歴

実際には相模と甲斐の国境である。
津久井衆およびその筆頭である内藤氏(今ゲームの内藤綱秀の家)が支配する地域でもある。

しかし、津久井衆はすべてが北条家に属しておらず、半分ほどが武田家に属していたとされ、1569年の小田原包囲戦では武田信玄は帰路にこの峠を選択するとともに、撤収を装い、追撃した北条勢をここで蹴散らした。なお、この際内藤家当主が討ち取られたと甲陽軍鑑にあるが、定かではない。

その他情報

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