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コンコン。
路上に停めた愛車の運転席で、窮屈なネクタイを緩めていると、硬くくぐもった音が車内に響いた。
音がした方へ視線を流すと、助手席側のサイドウインドウ越しにふみ子さんがこちらを覗いていた。
笑顔を返し、身体を伸ばしてドアを開けてやる。

「こんばんは、お邪魔します」

律儀に挨拶しながら助手席のドアを開いて、ふみ子さんの身体が外のぬるい空気と一緒に入ってくる。

「こんばんは、ふみ子さん。すいません、急に」
「いいえ、構いませんよ。どうか、されたんですか?」

何のことはない。仕事の終わり際、不意に何となく会いたくなって、そのままふみ子さんに連絡をとったのだ。
自由業でもある気軽さからか、彼女は突然のデートの申し出を快諾してくれた。
普段は2、3日前に会う約束をするから、少し驚かせてしまったんだろう。
本当にただの思いつきだったんだけど、さりげなく心配してくれる彼女の配慮が嬉しくて、冗談を塗して心中を告げる。

「どうってことでもないんですけどね。急に会いたくなって、来ちゃいました」
「あら、」

シートベルトを締めていたふみ子さんの垂れた瞳が、俺の言葉で何かを閃いたように揺らめいた。

「ふふ、随分ご立派な鵲でお越しになったんですね」
「え、何ですか。カササギ……?」
「いいえ、何でもないです」

唐突に口にされた言葉をおうむ返しに聞き返すと、ふみ子さんが可笑しそうにくすくす笑う。
彼女がごまかした言葉の意味はよくわからなかったが、街灯の光に照らされたその横顔が、やけに擽ったくて、
結局それ以上は聞かずに、そのままハンドルの方へ身体を向き直した。

「さて、何処か行きたいところはありますか」
「あの、今日は、星が見たいです。よろしいですか?」

彼女にリクエストを聞くと、すぐに答えが返ってくる。
いつもは、少し考えさせてくださいと言って、やっぱり律儀に考えこんでしまうことが多いふみ子さんにしては、ちょっと珍しい。

「ああ、良いですねえ。今日は晴れてますから、きっと綺麗に見えますね」

まだ梅雨が明けきっていない都内は、日が暮れるのはまだ遅い。
ようやく時刻に相応しい昏さになりはじめた、といった空だ。
綺麗な星空が見える行きつけの隠れスポットは、幸いなことにここから少し離れたところにある。
着く頃には、きっとちょうどいい見頃になっているだろう。

「では、参りましょうか」

頭の中で簡単にこれからの予定を計算し、ギアを入れかえ車を発進させた。
ちらりとメーターを見ると、デジタル表示にされた今日の日付が目に入る。 7/7。

「そうか、今日は七夕か」

ふみ子さんからのリクエストの理由が思い当たり、一人で納得した。つい、言葉も漏れる。

「まあ、気付いてなかったんですか」
「ええ、まあ」
「神戸さん、行事ごとには敏感な方なのに、珍しいですねえ」
「……はは」

彼女が割と本気で珍しがっているのがわかって、思わず苦笑する。
そんなにミーハーだと思われてるんだろうか、俺。
どちらかと言えば、そういうイベントを、体のいい口実に利用しているだけなのだけど。
赤信号が見えて、ブレーキを踏む。
何気なくフロントガラス越しに見上げると、ビルとビルに挟まれた藍色の空にぽちりと白い光を見つけた。

「ああ、ほら。一番星ですよ」

頭が捉えたものを、そのまま口に出し、示す。
我ながらぞんざいなごまかしだと思わなくもなかったが、ふみ子さんはあっさり、本当ですねと素直に応えた。

「そろそろ、織姫と彦星も、一年ぶりに再会を果たしているんでしょうか」
「どうでしょう。期待に胸を膨らませて、川を渡る準備中かも」
「じゃあ、これからですね」

ふみ子さんと、くすくすと小さな笑いをはさみながら、埒もない会話をやり取りする。
こんな簡単なことで、昼間の諸々で張っていた神経が緩んでいくのがわかった。
良い夜を過ごせる相手と出会えて、本当に良かったと思う。
目の前の信号が青に変わるのを確認し、アクセルを踏んだ。目の端で光る一番星が、何故だか妙に目にちらついて、思わず目を細めた。
 

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七夕にデートのお誘いがかかって、実はこっそりテンション上がってるふみ子ちゃん。
「随分立派なカササギ」とは、神戸くんの愛車、黒のGT-Rのこと。
彦星が織姫のところへ、カササギに乗って天の川を渡るっていう伝承があるのですよ。
だからまあつまり超ストレートにいうと、「私の彦星は貴方ですね」的な、彼女にしては随分大胆な発言。
……だったのだけど、残念ながら神戸くんはそれに気づかなかったよ!
しかたがないね、わかりにくいもんね。ドンマイ神戸くん!(いい笑顔)