「急に寒くなったねー」
いつものように私の席に寄って来たつかさにそう話しかける。
やはり秋分を越えると大幅に変わるんだろうか。
だからと言っても、この気温の下がり方はちょっとおかしいと思う。
もうちょっと優しく下がってくれてもいいのに。
「そうだねぇ、こなちゃんは寒いの嫌い?」
「嫌いじゃないけどさーこう急に変わるのが嫌なんだよ」
せっかく四季があるんだから、こうもっと秋という季節を感じていたい。
「しかも暑くなったり寒くなったり良くわかんないじゃん、最近」
「そうだよねぇ、服選ぶのが大変だよ」
朝方は少し寒くて、昼間は暑くなって日が暮れると急激に寒くなる。
まだコートを出すほどではない、というのが面倒臭いのだ。
セーラー服である以上、中に着る服が重要になってくる。
半袖だと寒かったり、長袖だと暑かったり。
こういうとき、私服登校やブレザーの学校は羨ましいな、と思う。
「セーラーってのが多分原因だね」
「上に羽織るものなんてないもんね」
ハルヒではカーディガンとか羽織ってたけど、どうやらこの学校じゃそういうのはないらしい。
まぁそれは置いといて。
「寒いなぁ……」
「そうだねぇ」
二人して空を見上げる。
先月と比べて、日が暮れるスピードが速くなったような気がする。
「みゆきさんって暖かそうだよね」
「いきなりだね……こなちゃん」
「こうモフモフーって感じが」
特に胸の辺りとか。
「でもわかる気がする、ゆきちゃん羊っぽいし」
「私的には牛なんだけどなー」
特に胸の辺りとか。
「それは何か失礼じゃない?」
「っていうかセクハラだね」
まぁその噂のみゆきさんも今日はお休みなわけで。
「みゆきさんでも風邪引くんだね」
「本当、意外だよね」
体調管理とかしっかり出来てそうなイメージなのに。
まぁでも、ドジッ娘のみゆきさんが風邪っていうのは何処か可愛い。
「うーむ」
「どうしたの?」
「いや、かがみも自分のクラスみたいだし、何か人が少ないと寂しいなーと思ってさ」
別につかさとの話が面白くないわけじゃない。
こう何かが足りないような。
何かスパイスが抜けたカレーのような、そんな感じ。
「でもわかるよ、その気持ち」
そう言ってつかさはまた空を見上げた。
「何かさ、最近思うんだ」
「うん?」
「いつまでもこのままがいいなーって」
少しだけ照れ笑いをして、つかさがそう言った。
そういえば、高校生活も半分以上が過ぎようとしていた。
こう、実感が沸かない。
卒業後のこともあんまり考えていない、そろそろ真剣に考えないといけない時期なのはわかっている。
片隅でそうはわかっていても、実行に移せない。
「卒業したらどうなっちゃうんだろうね」
「そうだねー」
少し、考えてみた。
先のことなんてわからないけれど。
一つだけ、わかることがあった。
「多分、このままだと思うよ」
「え?」
「つかさとかがみは一緒だろうけどさ、多分私達も大丈夫だよ」
進む道は違うかもしれないけど、きっと一緒なんだろう。
「って、あずまんがのゆかりちゃんが言ってたよ」
「誰?」
「まぁつかさはわかんないかもね」
かがみは……そういや読んでたっけかな。
そう思えばかがみの一緒のクラスになりたいーはかおりんに似てる気がする。
まぁキャラは全然違うけどね。
「でも言いたいことはわかる……かな」
そういうことを悩むつかさが、少し可愛い。
ふとそこで、チャイムが鳴り響いた。
本日最期の授業が、始まる。
「ほら、チャイム鳴ったよ」
「あ、うん」
トコトコ、とつかさが自分の席へと戻った。
はぁ、と一つだけ息を吐いた。
自分であんなことを言っておいて。
その時私はどうしているんだろうな、と少しだけ不安になった。
まぁ、そんなわからない先の事よりも。
私にとっては、この眠くなる古典の授業と、変わらないこの寒さを凌ぐ方法だけが、今の悩みだった。
黒板上の時計に目を向ける。
まだ授業開始から二十五分しか経っていなかった。
再び黒板に視線を戻すと、頭の薄い教師が延々と関連事項を赤いチョークで書き込んでいた。
いつになったら、黄色を使うようになるんだろう。
黒板に書かれる赤色、というのは非常に見づらい。
以前も誰かがそう進言したはずなのに、次の授業で彼はその事を忘れていたようだ。
はぁ、と少し溜息を吐く。
時々、自分というものがわからなくなる。
季節の所為もあるのだろう。
ここの所、急に寒くなり、秋が冬へと変わりつつある。
何故か、何故だかはわからない。
切なくなるのだ。
空を、何とはなしに見上げた。
四角く区切られた淡い水色。
遠くの方は茜色に染まり、その教会を鳥の群れが隊列を成して飛んでいる。
あの鳥達は、何を思い生きているのだろう。
そんなことを、時々思ってしまう。
小説を読んでいる所為だろうか。
色んな世界を見て、その世界の傍観者となる。
例えば、だ。
この世界こそが造られた世界だったらどうだろう。
誰かに傍観され、時には感情移入され、あたしはあたしでなくなる。
柊かがみという人物はあたしではなくなり、他の誰かのコマとなる。
なら世界とは何なのだろう。
今黒板に書かれている歴史上の人物。
彼らが偉業を成し遂げたとのとは違う世界。
区切られた、今、という事象しか存在しない世界。
そこに歴史や過去や未来などはなく、あったとしてもそれに意味はない。
「柊」
そうだとすれば、だ。
今こうしてあたしが考えていることさえも、用意されたことなのだろうか。
ノートの隅に、シャーペンを走らせる。
あたし=柊かがみ。
この方程式は正しいのだろうか。
意味はない。
こんなことを考えるのに意味はない。
意味はなくても、考えてしまう。
あたし≠柊かがみ。
それも何かが違う気がした。
だって、あたしはあたしなのだ。
仮にこの世界が造られた物だったとしても、だ。
「柊」
いつの間にか、槍型の鳥の群れは見えなくなっていた。
あたしが見える世界から彼らは離脱し、また別の世界へと旅立った。
「柊」
「えっ!?」
ふいに名前を呼ばれる。
驚いてその方向に視線を向けると、少し呆れた顔で教卓に佇んでいた。
「珍しいな、お前が意識を飛ばすなんて」
「あ、いえ、すいませんっ」
「いや、まぁ良い、じゃぁ代わりに……」
そう言ってグルリと教室を見渡す。
黒板に目を向けると、板書は次の段階に移っているようだった。
峰岸にでも見せてもらおうか。
苦もなく板書を終えたであろうその背中を見て思う。
全てが、一人相撲だ。
あたしがいない間でも、世界は動いている。
ゆっくりと、それでいて急速に。
また、溜息が出た。
頭を、切り替えよう。
考えても仕方がない。
答えなどでない、見つけようがない。
なら。
今を精一杯に行きるしかないのだ、私たちには。
とりあえずは。
峰岸にノートを借りて、こなた達と帰ろう。
色々考えた結果、そう自然とたどり着いた。
今が楽しければそれでいいじゃない。
そう言っていたのは、誰だったろう。
まぁ、いいか。
そうしてあたしは再び、日常へと身を埋めた。
最終更新:2007年10月25日 00:06