あいにくの雨模様だ。
片思いの相手に告白する天気じゃないかな……
「小早川、おい小早川!」
「ふえっ!?」
「ボケーッとしてるんじゃない。もう高三なんだぞ?ほら、五行目から和訳しろ」
いけないいけない。英語の授業中だった文化祭が近いのに勉強も頑張らなきゃならないとは、受験生は大変だね。
……あれ?この単語なんて意味だったっけ?
「ジョンは大変私を気に入り、そして…」
ああもうなんだっけ!
これだからド忘れは困るなあ……
マリー?ってなんだ!?
「……『結婚』だよ…」
ヤバい。ヤバいヤバい大好きな成実きよたかくんの口からそんな言葉が出てくるなんて。
「け、けけけ結婚した!」
ドッとクラスに爆笑が広がった。恥ずかしい…穴があったら入りたい!
隣の席の成実くんも口を押さえて笑いを必死にこらえてる。
私多分顔真っ赤だよ…
クラスが再び静かになったころ、
ちょうど終了のチャイムが教室のホコリをかぶったスピーカーから流れた。
「あー、今日の授業はここまでだ。文化祭の準備、頑張れよ」
今日は文化祭の前日、授業は四限で終了し、午後からはずっと準備となる。
手作りの弁当を持って友達の席へと向かった。
「…で、ゆいさ、成実くんに告白するの?」
らんらんとした目で私を見つめる親友。そんなに気になるの?
「うん!文化祭の伝説、知ってるからね!」
「ゆいはそれ信じてるんだ…いくらなんでもガセでしょ?」
「いーや、私は信じるね。準備で夜七時まで残ってから告白すると絶対成功するって伝説、私は信じるよ!」
「はいはい、口に食べ物入ってる時にしゃべらないでね。行儀悪いよ」
ノリわるいなあ…
「ほら、早く弁当食べて準備に参加しようよ!」
「せかさないでよ。ゆいは本当にいつも元気だね」
それが取り柄だからね。自分のことはちゃんとわかってるつもりだよ。
「ごちそうさま。さあ、準備に参加しようか」
彼女は衣装係なので家庭科室に向かっていった。私はぶきっちょだから衣装は無理なので教室の飾り付け。
もちろん成実くんも飾り付け係。
「小早川、そっちの端持って」
「ま、まかせてよ成実くん!」
初めての共同作業…なんちて。
だいたい成実くんとはまだ仲良いクラスメート止まりだよ。
結婚だなんて…
「なあ、小早川」
「ふわっ!なんだい?」
「きよたかでいいよ。友達はみんなそう呼ぶからさ」
ホワッツ?ホントに?そそそそんな仲良く呼んでよろしいの!?
「なんだかさ…小早川って友達みたいにとっつきやすいからさ」
友達。友達。素晴らしい響きだね。
友達。友達。友達止まり。
「……おい!小早川、小早川!」
「へ?」
間抜けな声が口から漏れた。何?
「絵の具…着いてる」
な…な…なんてこったい!
飾りの墓石に塗ってあった絵の具はまだ生乾きで、うっかりしていた私の制服に赤がべっとり。
「うわ、うわわわわ!」
「落ち着いて落ち着いて、乾く前に洗ってきなよ。一人でなんとかするからさ」
「ご、ごめん!よろしく!」
女子トイレの流しで制服をばちゃばちゃ洗いながらため息。
なにしてんだ私。
ぼやぼやして足引っ張っちゃったじゃないの。
だいたい制服はきれいになったけど私の心はすっきりしないな……
廊下の雨具掛けにまだ濡れた制服をかけて教室に戻った。
やっぱジャージのほうが動きやすいね。
スカートめくれるの気にしなくていいし。男子はいいなー、制服もズボンで。
外はあいかわらずの雨降りだ。時間は五時を回っている。
教室に戻らなきゃね!
「ごめんお待たせ!何か手伝えることある?」
元気に振る舞わなきゃ私じゃないよ!元気出せ!小早川ゆいっ!
「もう準備はほとんど終わったよ」
へこむ。チャリのカゴが歪んだ時よりへこんだ。
「大丈夫、小早川は十分役に立ったよ!」
ああ、こうゆう優しいところが大好きだよきよたかくん。
でもあなたにとって私は友達止まりなんだよね……
「それよりさ、これから打ち上げやるんだけど小早川も参加しないか?」
待ってました!ここからが正念場だよ!
あれ?PHSが鳴ってる。
『もしもし、ゆい?ゆたかが熱出したの。ちょっと薬局で薬買ってきてくれない?ちょうど切れてるの』
妹のピーンチ!すぐ行くよ!ゆたか!
「えーっと…電話…終わった?どうするの、打ち上げ?」
あ、きよたかくん。
…どうしよう…
きよたかくんは好きだけどさ…ゆたかも大事だよね……
どうしよう…どうしよう…
「ごめん、今日はすぐ帰らなきゃいけない用事があるんだ……」
きよたかくんの寂しそうな顔が頭から離れなかった。
ごめんね…付き合い悪くて。
告白は…無理だね。制服は乾いてないからジャージで下校だ。
雨は私のブルーな気持ちにお似合いだった。
行きつけの薬局で薬を買ってそそくさと帰宅しよう。濡れる雨だね…傘をさしていても靴とかぐしょぐしょだ。
「ただいま!ゆたか、薬買ってきたよー」
うーんやっぱりゆたかはかわいいね!きよたかくんなんかどうでもよくなりそうだよ。
そうだよ…どうでも…いいんだよ……
「お姉ちゃんありがとう……お姉ちゃん?」
「なんでもないよーゆたか!ゆい姉さんはくよくよしないからね!」
「お姉ちゃん…泣きそうだよ…?」
見抜かれてるのか。まだまだだね私も……
「お姉ちゃん…何か我慢してるんでしょ?私のせいで…」
「気にしなくていいよーゆたか。私はゆたかのお姉ちゃんなんだからね!」
「お姉ちゃん。私は大丈夫だよ。お薬もあるし、お母さんもいるし。お姉ちゃんのしたいことをして?私からのお願い」
お願いか。お願いね。
ゆたか。ほんっとにいい子だね。ごめんね。身勝手なお姉ちゃんで。
「ちょっと学校に制服とってくるね!」
降りしきる雨の中猛ダッシュだ!傘なんかいらないさ!
学校は灯りがほとんど消えていた。もうみんな帰っちゃったんだね……
どの教室も準備を終えて無人。光るのは緑の非常灯のみ。
だと思ってた。
「……びっくりだ」
私達の教室にだけ灯りが灯っている。蛍光灯の無機質な光が暗い廊下にまぶしい。
「よっ。遅かったな」
きよたかくん。
待っててくれたんだ。
「制服置いて帰ったからさ。戻ってくると思って」
すっかり乾いた制服を手渡された。そして、急にきよたかくんの目が真剣になる。
「それに、小早川に伝えたいことがある」
私は黙って次の言葉を待った。
その形のいい唇は、のど仏のあるのどは、
それなりに厚みのある男らしい胸は、
何を口にするのか。
「明日、よければ一緒にあちこち回らないか?」
「…友達として?」
「いや。友達としてじゃなくて……彼女として」
腕時計の針は、七時を指していた。
舞い上がったその晩は眠れなくて…
私にとって一番長い夜になった。
最終更新:2007年09月24日 01:10