「あたたかな世界」  ID:mTS9jeam0氏

お誕生日は、大切な日。
だれでも知っていることだけど、それでも私には特に。

冬に生まれてくるには、私の体はちょっとだけ小さかったみたいで、だからお
母さんはとっても苦労したんだって、物心ついた頃におねえちゃんから聞いた。
最近はだいぶ良くなったっていっても、それでもたまにわがままを言ってしま
うこの体のことだ。小さい頃なんて、もっともっと大変だったんだろう。そう
思ってお父さんとお母さんにごめんねって言ったら、笑いながら頭を撫でてく
れたから安心した。

だから私は、他のひとよりも少しだけ、誕生日を大切に思っている。お母さん
だって、お父さんだって、お姉ちゃんたちだって、今朝家の前を通り過ぎたネ
コさんだって、がんばって生まれてきて、がんばって育ててもらったに違いな
いのだから。そんな私も、とても健やかに、とはいかないけれど、二度目の制
服に袖を通すくらいに大きくなった。なかなか出来なかったお友達もできて、
新しい学校にもすっかりなじんだ………と思う。

最近買ってもらった携帯電話に、お知らせのメッセージが一つ。少しだけ暑さ
を忘れる夏の夜、私は窓から星空を見上げながら。

「どうしようかなあ―――」

そう呟いた。



「誕生日プレゼント?」
「うん、考えてみたんだけどなかなか決まらなくて………」
「ふーむ」

急な相談にも頭を悩ませてくれているのは、同じクラスでお友達の田村さん。
体のこともあって、中学校の頃からなかなか人と遊ぶことができなかった自分
と、入学してからずっと仲良くしてくれている人だ。今でも人とお話しするの
が少し苦手だから、こうやって相談できる友達がいるというのは自分にはとて
も嬉しいこと。

「んー、でも、私よりも小早川さんのほうが、岩崎さんと仲いいしなあ。私じ
ゃあ中々決められないかもだー」

そもそも私リアルでの人間関係狭いしなー、って涙を流しているけど、私なん
かよりよっぽど人付き合いは上手いと思う。こなたお姉ちゃんとだってすぐに
仲良くなっていたし―――お姉ちゃん曰く、「ルイトモだよゆーちゃん」と言
っていたけれど―――、だからきっと私に思いつかない考えを出してくれるか
も、と思ったのだ。

「それにしても、随分早くから誕生日のこと考えるんだねー。たしか岩崎さん
の誕生日って、九月だったよね?」
「うん、そうなんだけど………ほら、私ってドジとかよくするから」

周りの人には迷惑をかけていると思うし、それを抜きにしてもいつも「ありが
とう」の気持ちでいっぱいだ。だから、その分「ありがとう」をできる時には、
目いっぱいの感謝を込めたいと思っていたりする。それに加えて、私はあまり
要領が良くないから、お誕生日に間に合わせるためには少し早くから行動して
おかないといけないというのもあったり。

「センパイならそういうの、『萌え要素だ!』って言うんだろうけどねー。っ
ていうか、岩崎さんもそうだと思うんだけど、私は別に迷惑をかけられてるな
んて思ってないんだヨ?知ってるかな、『友情は見返りを求めない』ってや
つ」
「あはは、それは知らないけど、なんとなく分かるよ」
「うんうん、それならいいのさ」

なぜか知らないけど、田村さんは嬉しそうだった。それから色々考えてみたけ
ど、やっぱりなかなかいい案は浮かばない。三人寄れば文殊の知恵って言うけ
ど、いつもの三人が集まったらこっそり相談している意味が無くなってしまう。
今決めなきゃいけないことじゃないけど、でも後に伸ばしていたら、喜んでも
らえるものが―――ありがとうって伝えるのに一番いいものが、思い浮かばな
くなってしまうかもしれないし。どうしよう、どうしよう。うんうんと声を出
してみるけど、それだけじゃどうにもならなかった。そうすること二十分くら
い、田村さんが顔を上げる。

「―――ダメダメ!このままじゃアレだよ、存在が固定行動に固着しちゃうっ
てヤツになっちゃうよ」

難しいことを言っていた。アハハ、最近やったゲームのウケウリなんだけど、
と照れて、一息。

「やっぱ私たちだけじゃ、すぐにはムリかもしれないよね。だからさ、頼りに
なるセンパイに意見を聞いてみるってのはどうかな?」



「うーん、文殊の知恵かと思ったんスけど」
「甘いわね、ひよりちゃん。女三人寄れば姦しいって言葉もあるのよ」
「船頭多くして船山登る、ということわざもありますし………」

ううーと田村さんが頭を抱えているのは、いい案が思い浮かばないからじゃな
くて、お姉ちゃんの部屋で繰り広げられている終わりの見えない話し合いにつ
いてだった。田村さんをフォローしていたかがみ先輩と高良先輩も、議論がま
た湧いていると見るやそちらに参加して、ベッドの上には途方にくれている私
と田村さんが残されている。

「私はやっぱり、何かお料理を作ってもらうとかがいいかな」
「あのねーつかさ、プレゼントっていうのは後に残るから価値があるのよ。料
理とかはあくまでプラスアルファ!」
「にひひ、さっすがかがみん、プレゼントにコダワリアリ、だねー。近いうち
に誰かにあげたりするのカナー?」
「う、うっさい!別に他意は無いわよ!っていうか、そういうアンタこそどう
なのよ」
「うーん、やっぱカーディガンとかカナー、キャラ的に」
「あんたの意見はなんか裏の意図が有りそうで嫌だわ………」
「ゆきちゃんは何がいいと思う?」
「そうですね、みなみさんは読書が好きですから、やはり本を贈ると喜ばれる
のではないかと―――」
「ちっちっちっ、みゆきさん、それじゃフラグは立たないよ?こう、大事な時
には意外性のあるプレゼントで興味を惹くことによって」
「あんたねー、和やかな誕生日になんて妄想を抱いてんのよ」

誰かが意見を出して、それにかがみ先輩がつっこみを入れて、お姉ちゃんがか
らかって、みゆき先輩が軌道修正。それの繰り返し。私は、さすがお姉ちゃん
たち、色んな意見が出るなあと思って見ているんだけど、田村さんは「今は同
人のネタはいらないんスよー」と言ってうなだれていた。自分も何か意見を出
さないと、と思って考えてはみるんだけど、そう思えば思うほど頭の中はこん
がらかってしまって、どうにもまとまらない。ただ、みなみちゃんに「ありが
とう」を伝えられるものを渡さなきゃ、という思いだけが強くなってくるのだ。
お姉ちゃんがつかっている、ふわふわの枕を抱いてみる。こんな風にあったか
くて柔らかいものを思いつくことができたらいいのに。

白熱する議論で、中々まとまりが出ないことに疲れたのか、かがみ先輩が大き
く息を吐いた。

「ふう。こういうのって難しいわよねー、やっぱ相手がいるってだけで重みが
違うわ」
「ですね。自分が欲しいものを相手が欲しがっているとも限りませんし」

プレゼントで悩んだことがあるのは、私だけではないみたい。やっぱりみんな、
仲のいい人にモノを贈るなら喜んでもらいたいし、逆にがっかりさせてしまっ
たらとても落ち込んでしまうことになるんだろうなあ。私もこれまで何度かプ
レゼントを贈ったけれど、簡単に決めることができたのは一度もなかった。い
つだって、その人が何が好きだったかとか、何を欲しがっていたかとか、いっ
ぱい考えていたと思う。私の場合は、贈る相手は家族ばかりだったから、調べ
るのも大変じゃなかったんだけど。

「うんうん、そうだよー。私もみんなにプレゼントあげるときはすごく悩むん
だから」
「こなちゃんに貰ったのって確か―――」
「マニアックな意図が込められたものばっかだった気がするわね」

意図を理解できるセンパイはそれを受け取る資格があるんスよ、と田村さん。
他の人も否定しないところを見ると、きっと本当のことなんだろう。

「でもでも、それも基本的にはちゃんと喜んでもらうこと前提に選んでるんだ
からねっ、その辺は勘違いしてもらっちゃ困るよかがみん」
「はいはい。応用的にはそうじゃないとしても、ちゃんと感謝してるから大丈
夫よ」

泣き付いたお姉ちゃんの頭を撫でて、かがみ先輩はこっちに向き直った。

「でも、こなたじゃないけど、やっぱり大切なのは気持ちだと思うわよ、ゆた
かちゃん。私はみなみちゃんとそんなに話したことがあるわけじゃないけど、
いい子だって事は分かったからね」
「ええ、私は小さい頃からお付き合いさせてもらっていますけど、とっても思
いやりのある子です。きっと、こんなに自分のために考えてくれていることを
知ったら、すごく喜ぶんじゃないかと」

もしかしたら、恐縮してしまうかもしれませんけど、と言って高良先輩は笑う。
他の先輩たちも同意見みたい。そんな中、こなたお姉ちゃんが田村さんを見て、

「おっ、何か嬉しそうだねえひよりん。何か思うところがあるのかな?」

そっちを見ると、どこか照れくさそうに笑っている田村さん。

「なはは、センパイにはお見通しッスねー。いや、私は誕生日もう過ぎてるん
スけど、その時の事を思い出しまして。私はすっごく手の込んだ絵本を貰った
んスけど、今みたいに色々考えて作ってくれたんだなーと思うと、こう、込み
上げて来るモンがあるんスよー。最初に相談してもらえたのも嬉しいですし。
あー、ゆたかちゃん好きだー!」
「ひゃあっ」

急に横から抱きつかれて驚いてしまう。でも、こんなに喜んでもらえたなんて
私も嬉しいから、

「私もひよりちゃんの事好きだよー」

抱きつき返して、抱き合った。プレゼントってやっぱりすごいんだ。今まで仲
の良かった人と、もっと仲良くなれてしまう。

「めでたしめでたし、これにて一件落着!」
「アンタがまとめるな!それに、結局プレゼントは決まってないんだし。――
―まあ、でも」
「これなら、私たちがいなくても決められそうですね」
「やっぱり一件落着だね、こなちゃん」
「うむ!」

微笑ましく視線を送られてちょっぴり恥ずかしかったけれど、嬉しいほうが大
きかった。ひよりちゃんはとってもあったかくて、ずっと抱き合っていられそ
うな気がした。だから、

「うん、そうしよう」

すんなり、考えはまとまったのでした。ありがとう、お姉ちゃんたち。



一ヶ月は短すぎるくらいで、要領の良くない私は、その日に向けて必死にがん
ばった。プレゼントするものを決めて、ひよりちゃんにその事を話して、せっ
かくだから二人で合わせようと言う事になって、今日はみなみちゃんの家で誕
生会。みなみちゃんのお母さんの作ってくれたケーキとごはんをご馳走になっ
て、少し犬と遊んで。

「お誕生日おめでとう!」
「おめでとうー!」

みなみちゃんの部屋で、改めてもう一度おめでとう。

「うん………ありがとう」

大げさではないけれど、喜んでくれているのがわかる。ひよりちゃんは前に
「怖そうに見える」って言っていたけど、今はみなみちゃんがどう思っている
かちゃんとわかっているみたいで、私と顔を見合わせて笑った。

「それでね、プレゼントなんだけど―――」

後ろ手に持っていた紙袋を前に出す。ひよりちゃんも、同じ紙袋。でも、中身
は少し違うのだ。みなみちゃんもさっきから気になっていたみたいで、気取ら
れないようにしているけれど、それもわかってしまうのは、それだけ付き合っ
てこれたことの証。

「ゆたかちゃんと一緒に作ってみたんだー。慣れてないからちょっと出来には
自信がないんだけど」
「開けてみて、みなみちゃん」

二つの袋を手渡す。うん、と言って開けられたその中には、

「マフラーと、手袋………」
「えへへ、ちょっと季節はずれだけど。マフラーは私、手袋はひよりちゃんだ
よ」

取り出して、みなみちゃんはその感触を確かめるように胸に抱いている。喜ん
でくれたみたいだね、とひよりちゃんに目を向けると、満点だよっ、と親指を
立てていた。何をプレゼントしよう、手作りの方が気持ちを込められるよね。
そう思って頭に浮かんだのが、前の冬に見たみなみちゃんの姿だった。あの時
みなみちゃんはマフラーをしていなくて、ちょっと寒そうだなあと私は思って
いたのだ。お姉ちゃんの部屋で抱き合っていた時に考え付いたから、やっぱり
お姉ちゃんたちのおかげだ。嬉しそうにしてくれているのを見ながら、私たち
はもう一組の紙袋を取り出す。

「それでね、ちょっと趣向を凝らしてあるんだよ、みなみちゃん」
「うん、これ思いついたのはひよりちゃんなの」

私の袋からは、さっきと同じマフラー。ひよりちゃんの袋からは、さっきと同
じ手袋。それを二人で交換する。みなみちゃんは頭にハテナマークを浮か
べている。

「ふふふ、これで三人お揃い!ペア………じゃなくて、トリオルックの完成だー!」

言ってひよりちゃんは、前に私にしたようにみなみちゃんに抱きついた。おろ
おろしているみなみちゃんがおかしくて、助けを求めるようにこちらに視線を
よこされるけど、いじわるして私も抱きついてしまう。こうなるとみなみちゃ
んもどうしようもなくて、真っ赤になりながら、おずおずと私たちの背中に手
を回していた。傍から見たら変に見えるかもしれないけれど、私はとても幸せ
だった。

「次はゆたかちゃんの誕生日だからさ、みなみちゃん」
「あ………うん、分かった。それで、ちゃんとお揃い」
「楽しみだなー、早く冬にならないかなあ」

九月の半ば、手袋をした私と、マフラーをしたひよりちゃんと、両方を身に着
けたみなみちゃん。私は、三人で揃って歩く冬の日を、とても待ち遠しく思っ
たのだった。


お誕生日、おめでとう。

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最終更新:2007年07月23日 12:13
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